

いまここ遺品整理の白坂です。
これは、私が遺品整理や生前整理、プロの片付けをお手伝いする仕事の中で、ある「古いコーポの残地物(前住人が残していった生活用品やゴミ)撤去の見積もり」に訪れた際に体験したお話です。
今でも思い出すだけで背筋が凍る、嘘のような本当の恐怖。そして、業界では「実は珍しくない」という、現実の生々しい落とし穴についてお話しします。
その物件は、郊外に佇む築40年ほどの木造2階建ての古いコーポでした。オーナー様から「すべてのお部屋の住人は退去し、何年も放置されている。残された家具やゴミをすべて撤去して、部屋を空にしてほしいので、まずは中を見て見積もりを出してほしい」と依頼を受けたのです。
オーナー様曰く、電気や水道などのライフラインはとっくに止まっており、鍵は預かっているものの、中を確認するのは数年ぶりとのことでした。
初夏の汗ばむ昼下がり、私は現地へ向かいました。外観は塗装が剥げ落ち、郵便受けにはチラシが大量に詰まっていて、いかにも「見捨てられた部屋」という陰鬱な雰囲気を漂わせていました。
鉄製の外階段をきしませながら上り、ある部屋の前に立ちました。オーナー様から預かった鍵を差し込むと、カチャリと重い音がして、ドアはあっけなく開きました。
■ 違和感の始まり
「失礼します……」
誰もいないと分かってはいるものの、これは私たちの職業病のようなものです。暗い玄関に向かって声をかけました。当然、返事はありません。
一歩足を踏み入れると、カビと埃が混ざり合ったどんよりとした空気が鼻を突きました。床にはうっすらと埃が積もっています。
間取りは古い2DK。まずは手前のダイニングキッチンから状況を確認しようと、デジタルカメラを片手に進みました。遮光カーテンが閉め切られた部屋は薄暗く、スマートフォンのライトを頼りに進みます。足元には雑誌やペットボトルが散乱しており、これらを分別・撤去するのにどれくらいの費用がかかるかを計算するため、写真を記録していきました。
一通りダイニングの撮影を終え、キッチンの流し台へ向かった時、最初の「違和感」を覚えました。
(……おかしいな)
数年間放置され、全体に埃が積んでいるはずの部屋なのに、シンクの一角だけ妙に綺麗なのです。近づいてよく見ると、シンクの中に、ごく最近使われたかのような、わずかに水滴の残るプラスチックのコップが置かれていました。
さらに、足元のゴミ箱を開けて息を呑みました。中には、某コンビニエンスストアの弁当の空き容器と、まだ新しいペットボトルのガラが捨てられていたのです。
「まさか、オーナーさんが最近ここに来たのか?」
そう思いましたが、事前の電話では「気味が悪くて何年も中には入っていない」とはっきり言っていました。となると、考えられる可能性は一つ。誰かが不法侵入して、ここを溜まり場にしているのではないか。
途端に緊張が走ります。もし今もこの部屋のどこかに誰かが潜んでいたら……。私はスマートフォンのライトを強く握り直し、足音を立てないように慎重に奥の部屋へと向かいました。
■ 閉ざされた奥の部屋、確信に変る恐怖
この部屋には、ダイニングの奥に襖で仕切られた和室が二つ並んでいました。 手前の和室は、古い布団や衣類が山積みになっているだけで、人の気配はありません。
そして、一番奥にある、バルコニーに面したもう一つの部屋の前に立ちました。その部屋の襖だけが、隙間なく完全に閉め切られていたのです。
襖の前に立つと、驚いたことに、わずかな隙間からほんのりと「生活臭」が漂ってきました。それは、部屋全体のカビ臭さとは明らかに違う、人の体臭や、お惣菜のような、今まさにそこで誰かが暮らしているかのような匂いでした。
心臓が早鐘を打ち始めます。 「……どなたか、いらっしゃいますか?」
声を絞り出しましたが、返事はありません。
部屋の中は、遮光カーテンが完全に閉め切られ、一寸先も見えないほどの暗闇でした。ライトの光が、部屋の中央に敷かれた小汚い布団を照らし出します。
そこには人は座っていませんでした。しかし、布団は不自然に波打ち、ついさっきまで人が寝ていたかのような「生々しい温もり」を残したまま、乱れていました。そして枕元には、まだ中身の残った冷たい缶コーヒーと、最近発行されたレシートが置かれていたのです。
(——やっぱり、誰かいる)
「うわっ……!」
警察の調べによると、その男はなんと2年近くもその閉め切られた部屋に住み着いていたというのです。
電気や水道は止まっていましたが、夜間に近くの公園へ水を汲みに行き、近隣のゴミ集積所から食料や生活用品を漁って生活していたようです。ダイニングの床に埃が積もっていたのは、その男が主に奥の部屋から一歩も出ず、外へ出入りする夜間の最小限の時しか移動していなかったから、という理由かもしれません
夜逃げされて管理を失った古いコーポの一室は、見知らぬ誰かの「生きていくための巣」に変貌していたのです。
見積もりを依頼してくださったオーナー様には、事の顛末をすべて報告しました。オーナー様は電話口で絶句し、「もう、怖くて誰も住まわせられない。すぐに残地物を処理して、解体も考えます」と、怯えた声で言っていました。
■ 解体屋さんに聞いて知った「本当の恐怖」
私は改めて残地物撤去の見積もりを出し、作業を終えました。その後、オーナー様は「やはり気持ちが悪いから」と、予告通りそのコーポを解体することに決めたのです。
後日、現場で一緒になった解体業の社長さんに、この時の恐怖体験をぽろっと話しました。すると、社長さんは驚く風でもなく、タバコをくわえながらこう言ったのです。
「あぁ、それね。ぶっちゃけ、俺たちの業界じゃ『割とよくある話』だよ」
私は耳を疑いました。
「嘘でしょう?」と聞き返す私に、社長さんは淡々と続けました。 「いや、本当。何年も放置されてる空き家とか、夜逃げ物件の解体を引き受けて中に入るとさ、結構な確率で『今さっきまで誰かいたな』って形跡があるんだよ。まだ温かい缶コーヒーが置いてあったり、布団が敷きっぱなしだったりね。ひどい時は、俺たちが足場を組み始めたら、中からノソノソと知らない奴が出てきて、そのまま無言でどっか行っちゃうこともある」
解体屋さん曰く、彼らにとっては「お化けが出るか出ないか」よりも、「中に人が住み着いていないか」を確認する方が、よっぽど現実的で重要な仕事のステップなのだそうです。
管理されていない「死んだ部屋」は、私たちが思うよりもずっと簡単に、社会の隙間で生きる人たちの網に引っかかり、乗っ取られてしまう。
今でも、仕事で誰もいないはずの暗い部屋のドアや襖を開けるとき、あの暗闇のどこかから、こちらをじっと見つめていたかもしれない「見えない視線」が脳裏をよぎり、背筋が寒くなります。
管理の手を離れた不動産には、幽霊よりも恐ろしい「人間の現実」が潜んでいるかもしれません。皆さんの周りにあるその空き部屋、本当に「誰もいない」と言い切れますか?
空き家問題 深刻です!
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