

いまここの白坂です。
ポチッとボタンを押せば、翌日には欲しいものが家に届く。
本当に便利な時代になりました。
でも、その便利さと引き換えに、部屋の隅には weekly のように「茶色い箱」が積み上がっていく——そんな光景を目にしたことはないでしょうか。
私は毎月、「溜まってしまった段ボールを潰し、きれいに紐でくくってゴミ置き場まで出す」というご依頼があります。
その時に片付けとお掃除もセットで定期的に入ります。
ネットショッピングで買い物はスムーズにできる。けれど、その後の「後始末」が億劫になり、どうしても難しくなってしまう。これは決して特別なことではなく、誰もが直面する現実です。
「買い物」は一瞬、「後始末」は重労働
届いた瞬間はワクワクして開封するものの、中身を取り出した後の段ボールを片付けるには、いくつものハードルが存在します。
・頑丈なテープを剥がし、箱を平らに潰す力仕事
・大きさがバラバラの箱を重ね、滑るビニール紐で崩れないよう縛る技術
・月に1〜2回しかない「資源回収の日」の朝、決められた時間までに運び出すスケジュール管理
買い物自体はスマホひとつで数秒で完了するのに、その後の処分には「体力」「手間」「時間の調整」という重い家事コストがのしかかります。
仕事や育児で疲れているとき、あるいは年齢とともに体力が落ちてきたとき、このプロセスが途端に高い壁となって立ちはだかるのです。
「人に頼める人」と「抱え込んでしまう人」の差
部屋に段ボールが溜まっていくと、「たかがゴミ出しもできないなんて」と自分を責めてしまう方が少なくありません。
実は世の中には、こうした作業を「人に頼める人」と「頼めない人」がいます。
頼める人は、「苦手なことや手が回らないことは、プロや誰かの手を借りて解決すればいい」と割り切ることができます。
一方で、頼めない人は「これくらい自分でやらなきゃ」「人に部屋を見せるのが恥ずかしい」と一人で悩みを抱え込み、結果として段ボールの塔と一緒に過ごすストレスを深めてしまいがちです。
ですが、段ボールが溜まるのは「怠けているから」ではなく、現代の便利な仕組みと人間の生活リズムの間に生じる、ごく自然な摩擦です。
「頼む」ことは、暮らしの安心を買うこと
片付けや処分を誰かに頼むことは、単に部屋をきれいにするだけではありません。
「自分一人で全部抱え込まなくても大丈夫だ」という安心感を得ることでもあります。
苦手なこと、今の自分にとって負担が大きい作業は、思い切って誰かの手を借りていい。
誰かに頼る選択肢を持つことで、ネットショッピングがもたらす「本当の便利さや豊かさ」を、ストレスなく受け取ることができるようになります。
今日も誰かの代わりに段ボールを潰しながら思います。
「頼る」ということは決して諦めることではなく、自分らしく快適に暮らしていくための、大切な技術なのだと。
またお会いできますように。
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